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京都地方裁判所 昭和44年(レ)3号 判決

控訴人

桃井敏夫

代理人

奥村文輔

金井塚修

井上治郎

被控訴人

岸上富美

代理人

石上清隆

主文

本件控訴を棄却する。

控訴人の当審における新請求を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一被控訴人の亡夫岸上五良三郎と控訴人との間の京都簡易裁判所昭和三四年(ユ)第三三四号建物収去土地明渡請求調停事件において、昭和三五年二月一二日、桃井雪枝が握訴人代理人として出頭し、「控訴人は岸上五良三郎に対し本件土地につき明渡義務あることを認め昭和四一年一二月末日限り明渡す」等の控訴人主張の事項を定めた本件調停が成立し、その旨記載された本件調停調書が作成されたこと、岸上五良三郎は、昭和三九年六月一日死亡し、妻である被控訴人が、単独相続により本件土地の所有権を取得し、昭和四〇年一二月七日、その旨の登記をし、本件調停調書上の権利義務を承継したこと、以上の事実は、当事者間に争いがない。

二控訴人は、「偶々昭和三五年二月一二日の本件調停成立期日に、控訴人の妻桃井雪枝が控訴人代理人として出頭したところ、岸上五良三郎は、同女の法律知識の欠如に乗じて同女を不当に困惑させ、裁判所と調停委員を欺罔し、本件調停調書記載の合意を成立させたものであるから、本件調停は、公序良俗に反し、無効である。」旨主張する。

しかし、この点に関する〈証拠〉は採用しがたく、他に右主張事実を認めうる証拠はない。

よつて、控訴人の右主張は、失当である。

三控訴人は、「岸上五良三郎は、本件土地賃借権譲渡を承諾し、同人と控訴人との間に建物所有を目的とする土地賃貸借契約が存在するに至つた。右賃貸借契約は調停によつても消滅させることはできない(借地法第二条第一一条)。本件調停は強行法規(借地法第二条第一一条)に違反して無効である。」旨主張する。

しかし、建物所有を目的とする土地賃貸借契約を合意解約することは、借地法第一一条の禁止するところでない。〈証拠〉を綜合すると、本件調停手続において、控訴人の本件土地占有権限の有無が争の対象となり、桃井雪枝は、本件調停成立以前の調停期日にも、控訴人代理人として、二、三回出席して調停の経過を知つており、また控訴人がそれにより本件土地賃借権譲渡につき岸上五良三郎から承諾をえたと主張する承諾書(甲第一号証)の存在および記載を充分知つておりながら、本件調停を成立せしめた事実を認めうる。〈証拠〉の中、右認定に反する部分は採用し難い。したがつて、控訴人の本件土地占有権限の有無は、本件調停手続において、争の対象となり、互譲によつて決定された事項であるから、控訴人は、本件調停成立当時、控訴人が岸上五良三郎に対抗しうる賃借権を有していた事実を理由として、本件調停の無効を主張しえない。

よつて、控訴人の右主張は、失当である。

四控訴人は、「岸上五良三郎が本件土地賃借権譲渡を承諾しなかつたとしても、同人が、右不承諾を理由として本件建物の収去を求めることは、権利の濫用である。」旨主張する。

控訴人の右主張は、その趣旨不明であるが、これを本件調停が権利の濫用として無効である旨の主張と解しても、これを認めうる証拠はない。

よつて、控訴人の右主張は失当である。

五請求異議の訴は、債務名義の執行力を排除することを目的とする形成の訴であり、調停調書に対する請求異議の訴と調停無効確認の訴とは、訴訟物を異にする別個の訴であると解するのが相当である。

したがつて、控訴人が本件調停調書に対する請求異議の訴に当審において併合した本件調停無効確認の請求は、二重起訴とならない。

六調停調書に対する請求の異議の訴に、同一調停の無効確認の請求が併合されても、訴状(控訴状)に貼用すべき印額の紙は、調停調書に表示されている請求権そのものの価額に応じた印紙の額であると解するのが相当である。けだし、両請求は訴訟物を異にする別個の請求であるが、両訴訟物について原告の有する経済的利益は重複し、両訴訟物について原告の有する経済的利益は、調停調書に表示されている請求権そのものの価額を超えないからである。民事訴訟法第二三条第一項の規定は、訴訟物について原告の有する経済的利益が重複しない数個の請求を併合した場合に限り、適用があるものと解するのが相当である(民事訴訟用印紙法第二条第二項は、「訴訟物ノ価額ヲ算定スルニハ民事訴訟法第二十二条第一項及ヒ第二十三条ノ規定ニ従フ」と規定し、民事訴訟法第二三条第一項は、「一ノ訴ヲ以テ数個ノ請求ヲ為ストキハ其ノ価額ヲ合算ス」と規定している)。(上記と同一の理由により、不動産所有権確認の訴に、同一不動産の所有権移転登記手続請求が併合された場合、訴状に貼用すべき印紙の額は、当該不動産自体の価額に応じた印紙の額であると解すべきである。)

七してみると、被控訴人に対し、本件調停が無効であることの確認を求める控訴人の請求(当審における新請求)は理由がないから棄却を免れない。また、本件調停が無効であることを前提に、被控訴人に対し、本件調停調書の執行力を排除して執行不許の宣言を求める控訴人の本訴請求も、理由がないこと明らかであるから、これを失当として棄却した原判決は、結局相当であつて、本件控訴は理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条、第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(小西勝 山本博文 寒竹剛)

【原審判決理由】

(京都簡易裁判所昭和四一年(ハ)第五八七号、請求異議事件、同四三年一二月二〇日判決)

本訴の最大の争点は岸上五良三郎の本件調停申立前に岸上五良三郎が原告に対し、本件土地の西田重雄に対する借地権を同人から原告に譲渡することを承諾し右両者間に有効なる土地賃貸借契約が成立したか否かにあり。然るところ証人西田重雄及被告本人の各尋問の結果を綜合すれば西田重雄は岸上五良三郎所有の本件地上にバラック建の建物を所有していたが、商売に失敗し之を売却せんとしていたところ原告は之を知り矢島理夫の仲介に依り右建物を買取つたが土地所有者の右五良三郎と本件土地の借地料借地期間及借地人の名義書換料等詳細に亘り、右五良三郎と話合いをせず同人は地代を従前二倍位にし、又賃貸期間も二、三年と考えていたが原告が五良三郎と賃貸借条項につき話合わず、従て約定の公正証書も作成しないで原告が本件買取家屋に入居したので五良三郎は原告を本件土地の不法占有者として京都簡易裁判所に不法占有を原因として、建物収去土地明渡の調停を申立て原告主張の如き調停が成立したことが認められ、甲第一号証は被告本人の尋問の結果に徴すれば右五良三郎と原告間に本件土地に関する地代や土地の賃貸借期間、賃借人の名義書換料等につき五良三郎と原告間双方で納得し、公正証書作成の上西田重雄の本件土地に対する借地権の原告に対する譲渡を認める旨の書面にして未だ右条項につき確定した契約なき以上、之を以て借地権譲渡承諾書と認めることは出来ないことが認められ右認定に反する証人矢島理夫及原告本人の尋問の結果は掫く措信することは出来ない。

従て右五良三郎と原告との間に実体上の有効なる土地賃貸借契約の成立しないのに拘らず之が成立を前提としての原告の主張事実又其賃貸借契約の内容の一部として、本件調停調書が作成されたものでなき以上原告主張の如く調停調書の条項と実体上の賃貸借上の効果との矛盾はないから之を前提とする原告の請求は失当と言わねばならない。依て民事訴訟法第八九条第五四八条、第五四七条を各適用して主文の通り判決する。

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